「ワイルドな男の朝食について」 十津川村

 

 そろそろキャンプシーズンである。日ごろは存在感の薄い父親にとって、男としてのワイルドさを家族にアピールする、いい機会なのだろう。それが理由か、いずれのキャンプ場も大繁盛のようで、せっかくの深山幽谷も夜景は百万ドルのしまつである。

 しかしだ。無理して四輪駆動車買って、アウトドア雑誌の商品片端から買いそろえてもだ、説明書なしじゃランタンの一つも点火できない男は見ていて可愛いすぎる。どこがワイルドなのか。
 優しいだけのパパはいずれ家族から、給料持ってくるしか能のない、働きバチと扱われるのは目に見えてるのにな。

 そこでそんな蜜蜂パパにこそ、僕の勇姿を見よといいたいのである。妻からは尊敬され、子には畏怖されるほど厳格な父親である僕に、なまぬるい野営やピカピカ四駆なぞまったく必要ない。たとえ野外に出かけたとしても、僕を中心とした、家族の凛とした緊張感の弛む隙はないが、今回はあえて家族キャンプにでかけ、休日になると肩身のせまい思いをする父親たちのために 「やっぱり父ちゃんは男だ」 と家族に認めさせるための、キャンプテクニックを紹介するから参考にしてもらいたい。

TURIBASI.JPG - 95,349BYTES まず行き先だが、十津川村に決めた。十津川は日本最大の村である。さらにこの村の谷瀬という場所には長さ二九七メートル、高さ五四メートルの日本一長い歩行者用のつり橋がかかっており、その下が広大なオートキャンプ場になってる。
 本日の野営はここに決めた。テントを広げ、一段落ついたところで頭上のつり橋をわたりに行った。

 ワイヤー製の橋が左右に大きくゆれ、眼下の川まで五四メートルもある。常人なら足のすくむ高さだが、僕は高所が平気である。
 それにこの橋は初体験ではなく、我らがまだ新婚のころ、妻と渡った記憶があった。なにせ新婚だから、僕は妻の足もとがおぼつかないのを見て

「後ろに俺がいてるんやから、気楽に歩いてええよ」
「だって怖いもん。陽一さん怖くないの?」 そうたずねる彼女に
「平気や。 だって君を守らなあかんからな。」

 我ながら、どのツラ下げてそんな台詞吐いたか。すぐさまタイムマシンで飛んでいき、我が身を日本刀で背中から切り捨てたい気分だが、それら諸々の恥ずかしい言動は科学的に説明がつくことを知った。 「ダットンとアロンのつり橋実験」 がそれである。
 その実験によると、揺れる橋の上にいる男女は恋に落ちやすい、というもの。実験結果を証明するかのように彼女は、橋の上で妻はいった。
「こういう場所で冷静にいられる人って、頼もしく思えるのよね」

 これである。この瞬間に僕はワイルドな男として彼女に認められたわけだ。そしてそれ以来、結婚生活のすべてが僕の優位にすすみ、楽勝人生だったのは説明するまでもない。ついでに言えば、僕が高い場所を得意とするのにも理由があった。

 むかし自衛隊にいた時分、落下傘を背にかついで飛行機から落ちる変わった仕事をしていた。ゆえに高所は慣れっこだし、しかも人間が一番恐怖を感じる高さは一一メートル前後(ビルの三階ぐらい)で、人を怖がらす目的ならば、高度五四メートルのこの橋は高すぎるのである。

 ちなみに、落下傘の訓練所では、高所に慣れるための様々な施設があり、高さ一一メートルの建物からバンジージャンプをさせられたりもした。だがじつは、この訓練が一番恐いのである。
 当然、訓練生の中には恐怖で飛べない奴もおり、手すりにつかまって泣いた者もいる。そんな脱落者たちに、地上から教官がメガホンでこう叫ぶのである。

「おいっ、あきらめて早く落ちてこい! テメェの情けない姿に、田舎の母ちゃんは泣いてるぞっ」って。まるで説得されてる強盗と変わりないが、それでも大抵はこれで落ちてしまうから、母のチカラは一一メートルよりも強しということか。

 話題がそれた。ワイルドな父について話を戻そう。
 橋の見学がすめば夕食の準備だが、ここはやはり定番のカレーがいい。野菜も肉も手でちぎり、そのままダイナミックに鍋へ放り込む。あらかじめフライパンで炒めたり、下味をつけるなど小細工はいっさい必要ない。あくまで、男の荒っぽさを強調し、たくましさを見せつけるだけの料理だから、父は主導権を握ったまま、毅然と料理を仕上げればいいのである。

 やがて料理は完成するが、そのようなエゴのかたまりで作られたカレーは極めてまずい。ちょっとやそっとの覚悟で、食えたものじゃない。
 しかし、タフな父親は無言でそれを食べる。男は食物に文句を言わないし(言う筋合いもないが)生き抜くためなら、昆虫でも喰える野性を誇示するのだ。それでこそ家族は父を、一段と頼もしく感じるのである。

 さて、夕食がすんだら後片付け。暗くなるまえにサッサと片付けないと、山の夜は早い。
 もちろんこの仕事も僕がリーダーとなり、一人寂しく片付けている……いや、今しがた奥さんにも 「手伝ってもらえませんか?」 とお願いしたのだが

「なに言ってんのよっ、妙なカレー作りやがって! 一人で始末しろ、ボケ。 それと蚊取り線香どこじゃ? あれほど忘れるな言うたのに、お前なんで忘れるのか? いつもボケ〜っと人の話を聞いとるからじゃ!」 と言い残し、息子と二人でテントにおやすみ中なのである。

 鍋にこびりついて、なかなか取れないカレーと格闘しながら 「片付けが済んだら、すぐ買ってこい」 といいつけられた線香代は、やはり僕の小遣いから出すのかなぁ……などとかるく心配しつつ、次は明日の “ワイルドな男の朝食について” さらに深い講義を続けたいと思うのですが、ちょっと線香の買い出しに行ってきますので、しばし、そのままの体勢でお待ち下さいませ。
 じきに戻りますから。

 

 

 

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