日本から来た少女



 長旅をしてるといろんな人に会う。そんな中で僕はネパールで出会った、一人の少女のことを伝えたいのです。

 彼女と初めて会ったのは、ネパールの首都カトマンドゥーの、とある土産物屋だった。
 その日は何も買う必要なかったが、店の看板に書いてあった小さな日本語に惹かれて、用事もないのにフラフラとその店に入ってしまったのだった。

「いらっしゃいませ〜」 冷やかし客の僕を店の主人らしい若い青年が、イヤな顔もせず流暢な日本語で迎えた。青年の鼻筋の通った顔立ちは、日本で見たことのある二枚目アクション俳優を思い出させた。
 彼の傍らには小さな丸椅子が置いてあり、そこに一人の少女が座っている。黒髪を肩より少し長めに伸ばした彼女は、何も言わず、ただ黙って僕と青年の会話を聞いている。彼女の服装からすると、どうも日本人のようであった。

 僕は店主の青年と会話しながらも、心ここにあらずで、青年とその少女がどういう関係かを必死になって推測していた。
 先ほどから気になっていた、青年の少女に対するぞんざいな口調や眼差しから見て察するに、二人は交際をしているのではないか? そして彼女の方が日本から会いに来たんだろう。僕は瞬時にしてそう推した。そう考えたのは、彼女が一介の旅行者にはあり得ない服装だったから。そして、ネパールではよく聞く恋愛パターンでもある。

 成田からの直行便で、日本をそのまんま持ってきたような色白の美少女に、僕の心も少し動揺した。が、その時は僕の気持ちもそれ以上にはならなかった。そして毎日がスタンプで押したような僕の生活に、新しい日課が一つ増えたのである。

 昼間は特にやることがないので、僕はちょくちょくその店へ顔を出すようになった。彼の日本語が丁度よい暇つぶしになったせいもあるが、あの少女にもう一度会いたいと願う気持ちもあった。しかしあの日以来、しばらく彼女を見ることはなかった。

 ある日、僕はいつものようにその店へ立ちよると、彼女が店の前に丸椅子を出し日向ぼっこをしていた。
 僕は胸が高鳴った。だが、他人の彼女である。自制心だけで彼女には感心のないフリをし、いつものように彼と世間話をしていた。そして、さり気なく彼女の素性を聞いてみる。やっと彼女と再会できた僕に、それ以上の用事はすでになかった。

 彼女は去年、日本から独りでやって来て、この店で彼と出会い交際しているのだという。一度は帰国したものの、すぐ戻ってきてしまったらしい。今は彼の家に寝泊まりしている。
 彼の説明では、彼女は家庭の事情で心に深い傷を負っているのだという。とくに日本人とはまったく話さないらしい。いわゆる自閉症なのだと彼はいうが、その一部始終をにわかには理解できなかった。なぜ自閉症の人間が、こんな遠い国に一人で来れるのか? そしてまだ十代であろう少女の、日本にいる両親は何を思っているのか? どうにも理解できない。

 しかし、さらに彼は僕を驚かすようなことを言った。

「彼女を一晩貸してあげようか?」
「なっ……なに?」

「だれとでもするよ。俺の友達もよくやる。遠慮いらない。すればいい。」
「おっ、お前なに考えてるねん? お前の彼女やろがぁ?」

「そうだけど、かまわない。俺、日本人の彼女いっぱいいるしね。」
「……。」

「べつに俺、お前に土産を買えとか言わない。お金もいらない。だから遠慮しないですればいい。今、俺がそう言ってくるよ」 ちょ、ちょっとまて、まてまてまて! 待てこらっ!

 なんじゃそれは? あまりの唐突な展開に度肝を抜かれた僕は、彼が店を出て丸椅子の彼女と話してる隙に、彼らの脇をすり抜け逃げ出してしまった。すれ違いざまに聞こえた彼の声 「俺の部屋を使っていいぞ……」 彼女に向かったその言葉を、切断するようにして逃げた。
 なにも今さらカッコつける訳ではない。もちろん僕だって抱きたい。でも、でもだ。

 あの男の妙に落ち着いた態度が気に入らない。ネパールだって貞操観念の強い国のはずだ。それがなぜ外国人相手だと、こうも大胆に豹変できるのか? 外人をバカにしているとしか思えない。
 そして僕が、これ幸いと鼻の下を伸ばし、彼女を嬉しそうに抱いてしまえば畜生と変わらないじゃないか。しかもそんな畜生日本人の絡みを、一段高いところからあのボンボンが見下ろしているのはとても許せなかった。そしてガイジンならそれも平気だと、彼はそう考えているようだった。

 僕はホテルの暗い部屋に戻り、ひとり悶々とさっきの出来事を思った。ぼんやり彼女の白い肌を想像すると、そんな話はまるで違う世界に思えて無性にせつなくなる。

「あんた名前は? なんでやねん……」 こそこそとその場を逃げ出し、彼女に名前すら訊ねなった自分が情けなかった。あまりにも軽率に、あの店へ通っていた自分にも失望した。そしていつまでも、彼女の裸体を思い浮かべている自分に気づき、自分の浅ましさを怖く思った。

 僕は思うのだ。彼女はこのカトマンズで、やっと救われたのかも知れないと。しかし、それでも彼女はまだ暗い淵にいて、手に触れるものすべてを掴んででも、生き延びようとしているようにも見える。

 あの丸椅子での日向ぼっこは、彼女の淵に日を射し込んだろうか。でもカトマンズの日差しは強いから、日焼けしないように気をつけなさい。君は透き通るように白くて、僕が取り乱すほど綺麗な人なんだから。

 

 

 

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