サムライなんて呼ばないで

 

 

 それはインド旅行の寝台列車で起こった。

 その列車はめずらしく空席が多くて、窓をはさむ向かい合わせの三段ベッドも、僕とインド人男性三人がゆったりと眠れるような具合だった。彼ら三人は大学の同級生、男同士で卒業旅行に行くんだという。

 その三人組は気もち悪いほどなかよしで、トイレもいっしょ、お茶もいっしょ、串に刺さった団子状態で三人くっついて座り、互いの内股をさすりながら足を絡ませてる。かといって彼らが同性愛者というわけでもなく、若いインド人青年によく見られる友情をあらわすだけの行動なのだが、見ていて微笑ましいというか、はり倒したいというか、とにかく胸毛男三人イチャイチャしているのは外人の自分から見て許せないのだ。

 はっきりいって僕は硬派である。高倉健さん風の角刈りに、一重まぶたはイブシ銀。オナニーだって毎週火曜日だけと決めている。そんな硬派の僕が彼らのフニャけた態度を許すはずがなかった。目的地へ到着するまでに大和魂をたたき込んでやろうと、密かな闘志を燃やしていたのである。

 それはさておき、彼らは日本人の僕にたいへん興味を持ったらしく、いろんな質問を浴びせてきた。名前を尋ねるので僕はこう答える。
「サムライだ」 別に本名を名乗る義理はないだろう。それに君らの女々しい行動からすりゃあ、重い荷物をせおい、ひとり異国を旅する僕はじゅうぶん格好いいしダンディーである。侍の名がふさわしい。

 さて、僕らが雑談してる間に夜はふけ、下段のベッドに寝ていた僕は夢を見た。素敵な、じつにステキで最低な夢だ。どんな夢かというと…… 絶世の美女が、その、こんなに、こうなって…… えっ、そんな事まで!? うっ、も、もうダメだっ〜!ウガア〜ッ。

 絶頂のあまりベッドの上で、悶絶の声をあげて身をよじり、えび反りブリッジの体勢で目が覚めた。 夢精だ。 夢の妖精、この世の天国、パラダイス。モテない男だけに送られる神様の使い“夢の精”が、時と場所も考えず、道徳も都合もな〜んも考えずにいきなりやって来たのである。

 こんな時に男は不便だ。“おしるし”みたいなモノはないのか?先っぽが点滅するとかよぉ。おいっ、こら妖精っ! 貴様っ、なんで事前にアポイントとらないのだ、困るじゃないか。アポイントをとっ……てからお越し下さいませ。次回を心よりお待ちしております。

 壮絶な幸福感のまま、うつろに辺りを見回すと見知らぬインド人、インド人、インド人。僕が寝ているあいだに、新しい乗客が乗り込んでたらしい。例のだんご三兄弟は、僕が寝ていたベッドの足下へ腰をかけ、哀れむような眼で僕を見下ろしている。冷たい視線を送る人に女性もいた。家族もいた。老人もいた。皆、僕を見つめたまま無言である。

 彼らの異様な沈黙を悟った僕は、ブリッジの腰をゆっくりと下ろしつつ、三兄弟に視線で助けを求めた。
「グッ、グッドモーニング、兄弟」 恥ずかしい、たすけてお願い……助け船をたのむ。
 すると兄弟の一人がこう答えた。
「ベリーグッド・グッド・もぉ〜ニング “サムライ”うぷぷっ……」うっ、うおぉぉぉ〜っ、 もう死にたい。死んでしまいたい。刀をよこせっ!道を開けろ〜っ!うわあぁぁぁ〜っ。

 しかし僕はその場を耐えぬいた。これも旅の試練なのだ。しかしまだこの先、いろんな試練が来るだろう。上等だっ、 いつでも受けて立ってやる。逃げも隠れもせん、いつでも挑戦して来んかいッ …… っと、言い忘れましたが、毎週火曜はちょっと用事がありまして、挑戦なさる際は火曜日以外でお願い申し上げまする。

 

 

BANAR.GIF - 9,537BYTES

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送