「おめおめと、僕が達者で暮らすわけ」 〜月ヶ瀬村〜

 

 霧の残る朝、不覚にも早起きしてしまった僕は、巨大なカボチャが展示されているという、月ヶ瀬村へ見学に出かけてみたのである。

 真白なスクーターを走らせ、一路、月ヶ瀬村へとむかう。村に到着すると 『ジャンボ・カボチャまつり』 と書かれた横断幕があり、その敷地にならべられた特大カボチャは三十個あまり。その一角には「カボチャ重量あてクイズ」なるイベントが開催され、正解すれば豪華な賞品までもらえるらしい。

 そこで僕は巨大なカボチャにしがみついたまま、しばし考え込んでいたのである。しかるに、何を考えたかと言うとその重さではなく、僕が思案していたのは……それはこの会場へ来るまえに立ちよった、温泉でのできごとだった。

BAKE.JPG - 50,189BYTES 村へ到着した僕は、まず温泉で一息入れることにしたのだが、その入口でバイクに乗った老人が目前に止まった。
 しかし、そのおじいちゃんの服装たるや、黒のつなぎ服に黒ブーツ、黒いサングラスの黒ずくめで、首には真っ白なマフラーが颯爽と風になびいてる。その姿はどこから見ても “荒野を暴走する不良外人” なのだが、なぜかバイクは原付自転車なのである。ハーレーのような形をしているが、五十tだ。
 そんな彼を見て、思わず「かっ……かわいいっ!!」と呟いてしまった。

 小さなおじいちゃんの身長に、ミニのハーレーが全然違和感なく、まるでオモチャみたい。そのままポケットに入れて持って帰りたい気分であるが、ポカンと口を開けて見ているとオモチャのおじいちゃんは、ヘルメットを脱ぎながらこう言った。
「ええ風じゃ……。」うおっ、ぜったい持って帰りたいぞ! の気分だが、彼の奇抜なスタイルに興味を持ってしまった僕は、一緒に風呂へ入らないかと誘ってみた。もちろん彼も快く了解した。

 話を聞けば、彼は今年で御歳八十になるらしい。彼に色々な質問をしながら、ふと『ストレート・ストーリー』という映画を思い出した。
 それは一人の老人が、トラクターに乗って長旅する素朴な映画だが、旅の途中、ある青年が老人に質問をする。人生についての深い質問だ。

「歳をとって、最悪なことはなんですか?」 そう青年が訊ねたところ、老人は静かに答えた。

「それは、若いときの自分を憶えていることじゃ」

 僕はいつの間にか映画の老人と、このじいちゃんとを重ね合わせていたようである。そしてこの素朴なじいちゃんに、映画と同じ質問をしてみたくなった。
「八十才になって、最悪だなって思うことは何ですか?」 するとじいちゃんは優しく笑いながら、こう答えてくれたのである。

「できへんなるこっちゃな! 最悪ぢゃ。フォッ、フォ」 できへんとは、夜の話か? まだやろうと思うてんのかよ、あきれたジジィである。だが不思議と憎めない人物だった。

 さて、風呂からあがって彼とお別れしたが、じいちゃんは別れぎわにこう言ったのだ。
「アンタ、わしにいろいろ難しい質問をしてたが、なんか考え込んでるのかいね? つまらんこと考えたらいかんよ。綺麗な花も、考えて咲いてると思うか? 考えたってアカン。そんな暇あったら動きなされ。動きもせんと咲いた人間を、わしは今まで見たことがないからのぅ」 そう笑って一枚の名刺をくれた。

 彼を見送ったあと、その名刺を見みると「○○食品 会長」の肩書きが。○○食品といえば、関西じゃ名の通った会社じゃないか。そんな偉いジジィだったのか。だったらもっと親切にしとけばよかった。ひょっとして重役に抜擢されたかも知れへんがな……残念である。

 しかしよく考えると、どうも名刺を出すタイミングが気に入らん。これじゃまるで水戸黄門の印籠だ。要するにこの名刺の意味は
「君は私を一般の老人と思っていたかも知れんが、じつはとっても偉いんじゃ。驚きなさい。ところで君は、この私にタメグチをきいていましたよね。エロじいさん、とか。残念です。あやまちを反省して、一生、後悔しながら達者に暮らしなされ。ではさよなら、フッフッフ」という意味ではないのか? なんか腹が立ってきたぞ。テレビで悪代官が懲らしめられている分には抵抗ないが、自分が悪代官だと卑劣で腹の立つ行為に感じる。

 というわけでこれ以上、重役チャンスを逃した過去を後悔しては、あのくそジジィを喜ばしてしまうだけなので、キレイに忘れてしまうことにした。二度と会わないだろうしな。

 さて、気分一新した僕はこの 『ジャンボ・カボチャまつり』 へ来たわけだが、二度と会わないと思ってたあのジジィに、ここであっさりと再会してしまったのである。
「会長! ここで何をしてらっしゃるので?」 僕の態度が豹変したかのように感じられる知れないが、出会いの瞬間から会長は気品ある人物だと思ってた。

「このカボチャは何キロぐらいと思うかね?」 そういって会長は、巨大カボチャを持ち上げようとしていたが、無理をなさっては体に毒。ここは僕に……
 会長を押しのけ、カボチャに飛びついたところ、重い! 僕はカボチャにしがみつき、重さを確かめるフリをしながら、いざ今後の展開を思い巡らせていたのである。

 当然、これから会長をご自宅まで護送するべきだろう。そして家族から「お爺様を送って下さったお礼に、孫娘と結婚してお世継ぎに」という新パターンも予想されるが、残念ながら僕は既婚である。最愛の妻を裏切れるはずもなく、そんな浅ましい重役ポストになど一片の未練もないが、一筆が欲しい。

 そんな、あられもない心算に酔いしれる男を、会長は冷静かつ客観的にみてたようだ。いまに思えば
「こいつ、勝手にカボチャ抱いたまま動かんし、笑ろとる。暴れへんやろな」 突如として、僕に対して敬語を使い始めた会長の感想は、この辺りであるまいか。
 案の定、僕がトイレに行っている隙に、あっさりとジジィに逃げられてしまった。

 振り返ればこれまでの僕の人生で、このジジィとの出会いが最大のチャンスだった。
 そして、そのキーパーソンを逃がした今、もはや 「一生後悔しながら、達者で暮らす」 よりほか、もう選択肢はない……というのが、おめおめ健やかなる僕の実情なのである。

 

 

 

 

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