「おめおめと、僕が達者で暮らすわけ」 〜月ヶ瀬村〜
霧の残る朝、不覚にも早起きしてしまった僕は、巨大なカボチャが展示されているという、月ヶ瀬村へ見学に出かけてみたのである。 真白なスクーターを走らせ、一路、月ヶ瀬村へとむかう。村に到着すると 『ジャンボ・カボチャまつり』 と書かれた横断幕があり、その敷地にならべられた特大カボチャは三十個あまり。その一角には「カボチャ重量あてクイズ」なるイベントが開催され、正解すれば豪華な賞品までもらえるらしい。 そこで僕は巨大なカボチャにしがみついたまま、しばし考え込んでいたのである。しかるに、何を考えたかと言うとその重さではなく、僕が思案していたのは……それはこの会場へ来るまえに立ちよった、温泉でのできごとだった。 村へ到着した僕は、まず温泉で一息入れることにしたのだが、その入口でバイクに乗った老人が目前に止まった。 小さなおじいちゃんの身長に、ミニのハーレーが全然違和感なく、まるでオモチャみたい。そのままポケットに入れて持って帰りたい気分であるが、ポカンと口を開けて見ているとオモチャのおじいちゃんは、ヘルメットを脱ぎながらこう言った。 話を聞けば、彼は今年で御歳八十になるらしい。彼に色々な質問をしながら、ふと『ストレート・ストーリー』という映画を思い出した。 「歳をとって、最悪なことはなんですか?」 そう青年が訊ねたところ、老人は静かに答えた。 「それは、若いときの自分を憶えていることじゃ」 僕はいつの間にか映画の老人と、このじいちゃんとを重ね合わせていたようである。そしてこの素朴なじいちゃんに、映画と同じ質問をしてみたくなった。 「できへんなるこっちゃな! 最悪ぢゃ。フォッ、フォ」 できへんとは、夜の話か? まだやろうと思うてんのかよ、あきれたジジィである。だが不思議と憎めない人物だった。 さて、風呂からあがって彼とお別れしたが、じいちゃんは別れぎわにこう言ったのだ。 彼を見送ったあと、その名刺を見みると「○○食品 会長」の肩書きが。○○食品といえば、関西じゃ名の通った会社じゃないか。そんな偉いジジィだったのか。だったらもっと親切にしとけばよかった。ひょっとして重役に抜擢されたかも知れへんがな……残念である。 というわけでこれ以上、重役チャンスを逃した過去を後悔しては、あのくそジジィを喜ばしてしまうだけなので、キレイに忘れてしまうことにした。二度と会わないだろうしな。 さて、気分一新した僕はこの 『ジャンボ・カボチャまつり』 へ来たわけだが、二度と会わないと思ってたあのジジィに、ここであっさりと再会してしまったのである。 「このカボチャは何キロぐらいと思うかね?」 そういって会長は、巨大カボチャを持ち上げようとしていたが、無理をなさっては体に毒。ここは僕に…… そんな、あられもない心算に酔いしれる男を、会長は冷静かつ客観的にみてたようだ。いまに思えば 振り返ればこれまでの僕の人生で、このジジィとの出会いが最大のチャンスだった。
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