「その男、未来の救世主でありまして」 一言主神社

 
 むかし、よくインドへ出かけた。

 そして今の妻と出会ったのも、インドの小さな田舎町だったのである。

 ときおりご近所の奥さん連中から 「東北出身の奥さんとは、どこで知り合ったんですか?」 などと尋ねられる時がある。
 しかし、ごく普通に合コンやらサークルなどといった返事を期待している人へ、「インドの漁村」 などとストレートに返事をすると、どんどん近所付き合いが薄くなるのに気づき、最近はもっぱら見合いで一緒になったと答えるようになった。

 じつをいうと、初めてインドへ旅立つ数日前、今回紹介する 「一言主神社」 通称いちごんさんと呼ばれるこの神社へ、ある願いごとを叶えてもらうために訪れていたのだった。

 御所市森脇にあるこの神社は、七六四年にこの場所へ再建され、一言主大神が御祭神。
「悪事もひとこと、善事もひとことで言い切ってしまう神」 と伝えられるこの一言主は、我々の願いを一つだけ叶えてくださる神として、古くから多くの人々に信仰されてきたのである。そこで、さっそく僕もお願いをした。

「この旅で、僕にピッタリの女性と出会えますように」

 まぁ、それほど結婚願望を持っていたわけでもないが、定期的に訪れる発作みたいなもんだった。
 だが、今日までに願掛け、祈祷、占いの類で、あまり良い思い出がない。たとえばある年の大晦日、夜中に近所の寺へ初参りに出かけたんだが、寺に入ると鐘楼(鐘をたたく小さな建物)の前で、若い坊さんが僕に手招きをしている。

「こちらで除夜の鐘をついてください」 そういって彼は、僕を鐘の前に呼び寄せた。
「今夜、参拝された方みなさんに鐘をついてもらってるんです。さぁ、遠慮なくやってください。おお〜っ! なんと、次でちょうど百八つ目の鐘ですよ、幸運でしたね。三回望みを念じながら、思いきりついてください」
 ちょうど最後の百八つとは縁起いいじゃないか。鐘の前に立たされると 「女、女、女」 と心で念じながら強く鐘をたたいた。ボーンと大きく響きわたる最終の音を背中に、そのまま境内を見てまわったのだが……しかし、そのあとが納得いかないのである。

 僕が寺にいるあいだ中、もう終わったはずの除夜の鐘がボンボン鳴りまくっていたが、ありゃどういうワケか? 寺サイドではきっと参拝者みなに、最後だ、ラストだと言い続けてるんだろうが、ぬか喜びだけさせて何の御利益がある? たとえインチキにしても、今きたばかりの人間より、もう帰る人を選んだ方が嘘もばれにくいとは考えないのか? 二百以上もの除夜の鐘を聞かされた男の落胆を考えたことがあるのか。おまえ手抜きもいい加減にせよといいたいのである。

 またある時。
 占い師に、いつか日本を救えるような偉人になれるか占ってもらった折の話だが、その水晶占いのオバさんは涼しい顔でこう言う。
「アンタはね、人の上に立ってリーダーシップを執るというより、大人物の後ろでチョロチョロしている方がお似合いですよ」

 この婆はケンカを売っているのか? お似合いです? 誰があんたの意見を言えといったのだ? 言われずとも貧相な容姿から想像できるアドバイスなら、幼少よりさんざん頂戴している。プロならちゃんと占え。しかも彼女はまだ、こんな風に続けたのだ。
「チョロチョロしながらオコボレ拾って、小金ぐらいなら貯まるかもね」と。大きなお世話である。
 客の外見だけで判断したがる占い屋のせいで、僕の願掛け不信は強くなる一方だったが、やはり発作的に結婚したい病がでてしまうのである。そしてワラにもすがる心境で、この由緒ある一言主神社へやって来たのだった。

 神社へ到着すると、まっすぐ神殿に向かいひたすら祈った。そして、どういうわけか願い叶って結婚したわけだが、この妻が僕にピッタリの人? 神様、冗談がきついのではありませんか……沸々とそんな疑問やら、不安やらが溜まってきた。ちょうどそんな時だ。
 貧しいながら妻と子供の三人で、ファミリーレストランへ食事にでかけた時の話である。

 久々のご馳走を食っているすきに、子供がレストランの壁紙をビリビリに破いてしまった……夫婦は顔面蒼白。いっぺんに食欲が失せてしまった。それは、さほど高級そうに見えないが、大きな一枚物のプリント壁紙だった。

 会計の時、僕たち夫婦はテーブルに頭をこすりつけて謝った。
「すみません、ローンでもかならず弁償させてもらいますから」 すると、人の良さそうな店員さんはこう答えたのだ。
「いいんですよ。気にしないで下さい。当店でなんとかします。だから頭を上げて下さいね」
 それはまるで、女神のような優しい声だった。そもそも家計的に、かなり無理をした外食だったから、そんな女神の言葉は心底ありがたかった。

 しかし、その直後である。なんと僕の奥さんは 「つり銭が四十円足らん!」 と、いきなり女神に噛みついた。
 妻の豹変にビビってしまった僕は、外で騒動が治まるの待っていたのだが、やがて四十円を握りしめ店からでてきた妻は、微笑みながら僕にこう言ったのだ。
「アンタがさぁ、汗水たらして稼いだお金でしょ? 一円だって無駄にはしないよ。安心おし」

 おおっ、なんちゅう嬉しい言葉か……「この女はひょっとすると、僕にピッタリの人かも知れへんぞ」 などと、いちごんさんの方角へ再敬礼し、除夜の鐘をつき、またまた水晶占いに傾倒していく僕なのであった。

 しかもそれ以来、僕が訪ね歩いた占い師のなかには、ついに 「あなたは時代の救世主になる」 と断言する占い師まであらわれた。いよいよ占いの信憑性が高まったわけだ。

 ……というわけで、大人物の皆様へ。後方でチョロチョロする男を見かけましたら、そいつは未来の救世主です。親切にしてやって下さい。
 いまは世をあざむくため、小銭を集めておりますが。

 

 

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