「チョコレートから餃子まで」

 

 いつものラーメン屋へ立ち寄ると、店主のおばはんが 
「まいどありがとさん。ほれ、チョコレートやるよ」 と義理チョコをくれた。しかし今日はホワイトデーだ。これでは、いつお返しすればいいのかを軽く悩みつつ、餃子をひとつ追加注文してあげた。
 このすこしズレたおばはんとは不思議と気が合って、僕は開業以来の常連である。

 この店を見つけたのは、僕がタクシーの運転手だったときだ。当時はバブルのおかげでタクシー利用者も多かったし、何より面白いのは変な客との出会いである。たとえばこんな客がいた。

 早朝、僕が国道を流していると中年男性が手を挙げてる。よくよく彼の姿を見るとズボンを履いていない……というかパンツすら履いておらず、腰から下がスッポンポンなのである。
 おまけに彼は下半身いっぱいに排泄物をつけて、目を覆いたくなるような姿で立っていた。

 僕は車を止め 「お客さん、何でズボンを履かないの?」 そう尋ねると、おじさんは
「話を聞きたけりゃ、わしを車に乗せろ」という。僕は喜んで乗せてあげた。そして道中、興味津々に事情をきいてみた。その話によると……
 
 彼は昨夜の終電車に乗っていたが、深酒で寝過ごしてしまい最寄りの駅で降りた。しかしその駅でも寝込んでしまい、目覚めれば朝。おまけに冷たいコンクリートの上へ寝たため腹を冷やしたらしく、起床と同時に下痢便が出てしまった。そこで彼は下着とズボンを捨て、タクシーを探すために国道へ出てきたらしい。そして僕の車が通りかかったという経緯である。

「なんで、そのまま電車で帰らへんのや?」 そう尋ねると、間髪入れずおじさんはこう答えた。
「馬鹿もんっ、下半身まる出しで電車に乗れるかっ、常識で考えろ!」 とキッパリ言い切っていたが、それで国道に立っているのもどうかと思うのである。

 またある深夜、長いクワを持ったおじさんがタクシーに乗り込んできた。こんな夜中にクワを持ってどこへ行くのか尋ねると、吉野山中へ墓を掘り返しに行くという。廃村になった村の墓を移築したいそうだが、なんで夜中なのか? その時の事情はこうだ。

 最近、あまりに災難や家庭不和が続くので占い師にみてもらったところ、先祖の供養不足が原因だと言われた。考えてみれば墓もほったらかしだ。それで急遽、墓を移設することに決めたのだが、おじさんが占ってもらったのは今から三時間前。キャバレーの入口に机を出して営業している占い師だったそうだが……おじさん、そんなところで何をしていたのだ? ひょっとして家庭不和の原因は、その辺りにあるんじゃないのか? などと占い師よりも鋭く勘ぐってしまうのだが、客を運ぶのが僕の仕事である。よけいな詮索はやめ、黙って車を走らせた。 

 さて、山道はやがて行き止まり。彼は 「ここからは徒歩なんですけど、一緒に来てくれませんか?」 などと懇願する。一人で行くのが怖いから一緒に来くれと泣きつかれたが、僕だって怖い。
 しかし、こんな山林に一人で墓荒らしを待ってるのも恐ろしいから、危険手当を上乗せする条件で同意したのだった。

 墓地に到着すると、彼の照らす懐中電灯を頼りに夢中で土を掘りまくった。なぜこのおっさんが懐中電灯で僕がクワなのか、といった素朴な疑問は恐怖のあまり吹き飛んでしまい、ただ恐ろしくて狂ったように掘った。
 すると昔、この一帯は土葬だったらしく土色の人骨がわさわさ出てくる。震える手でその骨を拾い集めて車へ戻り、つつがなく任務は完了。多額の報酬を支払い、骨壺を抱えてこそこそ逃げるように下車するおっさん。もう深夜二時である。
 終業で車の掃除をしてると、客席から人骨のかけらがボロボロ出てきた。ふざけてはいけない。全部持ってけというのである。とりあえず客席の灰皿に手あつく納骨しておいたが、万が一、おっさんに災難が続くようなら早く取りに来なさい。

 さて、僕がタクシー運転手として最後に乗せた客は、お得意様である企業経営者の息子だった。息子は後部座席で、傍らに少女の肩を抱きながらこう言ったのである。
「おっさん。チップやるから近くのラブホまで行け」 そういい放ち、運転席の僕に一万円札を投げつけた。
 この息子は会社の経費でタクシーを乗り回していたが、まだ高校二年である。そして僕はこの息子が嫌いだった。言われるままおとなしく車を発進させたのだが、向かった先はホテルではなく、絵本ばかりを小気味よく揃えたローカル図書館だ。そこで二人を車から引きずり降ろし、置き去りにしてやった。ざまあみろなのだ。

 しかし会社へ戻ると、先の読書青年たちから苦情電話があったらしく、上役から散々叱られたうえクビになってしまった。何年も勤めてやったのにあっけない会社だ。

 その夜、僕がラーメン屋のおばはんに、会社をクビになった理由などをグチっていると
「アンタ、ほんまにアホやな。それでクビになったんかいな? でも心配せんでええ。次の仕事が見つかるまでツケにしたるから、お腹がすいたらいつでも食べにおいで」 そう言ってくれたのだ。

 おばはんの暖かい心遣いに感激した僕は、さっそく翌日も店へ行ったのだが、なんと今日から前金で払えという。掌を返したおばはんの対応にびっくりして
「金はない。ツケじゃ」 と答えると、おばはんは厨房から出てこなくなったので、しぶしぶ前金を払ってしまった。まったく抜け目のない女である。昨日の優しい言葉は社交辞令かよ!
 しかし彼女からすれば、僕は「油断ならない男」であるらしく、そんな我々もなぜか気が合って今日に至ったわけだ。

 タクシードライバーもそうだが、仕事にまつわる人の縁とは不思議なものである。義理チョコから墓場までいろいろな体験をさせてくれたし、こうして話できるのもすべて皆様のおかげなのである。

 関係者各位にはこの場を借り、深く深く感謝の意を……社交辞令で申し上げたい。
 灰皿に向かい合掌。

 

 

 

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