「空飛ぶゴリラを語るとき」

 

 前々から、一度は行ってみたいと思っていた場所の一つに、テレビ放送局がある。番組の舞台裏ものぞいてみたいし、芸能人とやらも見てみたい。

 そこでおもいきって、カラオケ番組に出場してみようと思ったのだ。唄だけは誰にも負けない自信がある。しかも、某ローカル局の素人番組なら、比較的簡単に出場可能だと友人からアドバイスされ、さっそくインターネットで応募してみた。そして数ヶ月後、局からの連絡を受け、そそくさと放送局へ向かったわけである。

 テレビ局に到着すると 「応募者はロビーで待っていて下さい」 と書かれた貼り紙。なるほど、たくさんの人がロビーで時間を潰してる。この人らも予選に来たのだろうか。しかし本選に進み、テレビ出演するのは僅か六人。しばらくすると担当者が現れ氏名を読み上げた。

「岡山陽一さ〜ん。ハイ、これで六人揃いましたね。じゃ、リハーサル始めますので、スタジオへ入って下さい」 お、おい、リハーサルって予選はないのか? いきなり出演だとは聞いてないぞ……というか、僕がよく聞いてなかったようである。この番組すら見たことなかったしな。
 したがって局からの電話でも
「放送予定日の冬らしい服装で」 と指示された勝負服はまだ車の中。今はビーチサンダルに半ズボン姿であり、これのどこが冬だ? おもいきり海水浴の帰りである。鼻毛の処理もしてないし、こんな情けない姿でテレビになんて出たくないな。

 しかし担当者は、かまわずスタジオへ案内する。ロビーにいた大勢の人々は、単なる応援団だった。

 ところでスタジオ内部の作りだが、セットはどれも薄汚れた感じの張リボテである。壁なんて、押せばグラグラ揺れるほどの安っぽい作りだったが、これでも画面には立派に映るのであろう。

 早くも裏の世界をのぞけたようで嬉しく思ったりするが、難題は笑うと出てくる鼻毛だ。本番までにどうしても抜いておきたかった。

「これから十分間、休憩します」 と、担当者の声。待ってましたとばかりに、スタジオを飛び出しトイレへ走った、その時である。

「あの、すみません。岡山陽一さんですよね。あの……雑誌に文章を載せてませんか?」


 ん? 下の階へ向かう階段の踊り場で、突然のフルネームにびっくりして振り返ると、そこに一人の少女が照れくさそうに立ってた。鼻筋に眼鏡のあとが残る、お下げ髪の可愛い子だった。

 彼女はリハーサルのモニター画面へ、全員の名前が映し出されたのを見て気づいたらしい。だが、知らない人に名指しで声かけられるのは、僕も初めてなんである。なんだか妙な感じだが、彼女は
「ちょっと聞きたいことがあるんです」 と言って汗を拭いた。そして彼女のいう質問とは、こんな内容だった。

 自分は友達の応援に来た中学二年生だが、本が好きで将来は小説家になりたい。で、どうやれば小説家で食っていけるのか?……と、大まかにそんな内容だった。しかし、ちょっと待ておまえ……なんで僕などに訊く? 僕は今を輝く肉体労働者だ。収入は低レベルで極めて安定している。そんな庶民が小説で稼ぐ方法など知るわけもなく、土下座してこちらが教えて頂きたいぐらいだ。
 が、しかし僕ももう四十を過ぎた。年相応にシビアな世情を知る僕は、まだあどけない少女の夢に苦い思いのするところだが、唯一、僕の名を呼んでくれた少女が悩んでいるのである。何とか答えてやろうと、短くこう話してみた。

「むかし道路工事のバイトしていたときね、すごく楽しそうに穴を掘るオッさんがいたんよ。そいつゴリラみたいな顔でね、人の何倍も穴を掘るの。それで僕は“このゴリラ、穴掘りが天職やな”と思った。でもあるとき現場監督が、こんな話をしてくれたんや」 続けて僕はいう。

「あのゴリラ、よう働くやろ? そやけどアイツ、元々建設省の役人やで。詳しい理由は知らんが役所を辞めて、こんな田舎で嬉しそうに穴掘っとる。頭おかしいで……って。そう言って監督は笑ってた。でも僕はそのゴリラを格好ええと思った。油絵で残したいくらい、穴掘りがピッタリやった。だから他の人より遠回りしたぶん、すごく絵になる男やったよ」 と。そしてこうも付けくわえた。

「遠回りしたらええ思うねん。人の真似できんような遠回りをしてみたら? ふつうに働いて汚れてな、それで絵になるような自分になれたら、ええ小説が書けるかも知れへんなあ。ほら小説ってドロドロやろ? ハハハ」 そう笑って時計を見ると、休憩時間はとうに過ぎてる。慌てた僕は彼女の名前も聞かず、トイレにも行けないままスタジオへ戻ったのだった。

 ちなみに、ゴリラはそのあと軽飛行機の免許を取り、外国の航空会社へ転職した。ぜひ彼の操縦してる姿を見てみたいが、空飛ぶゴリラもきっと絵になると思うのである。
 でも彼女にはそこまでは話さなかった。そんな時間あったら、この忌々しい鼻毛を抜く、というのである。

 さて本番。僕はカメラの前で歌い終わり審査発表。一人一人の顔がアップで映され、デジタルの点数がくるくる……結果、記録的惨敗だった。
 本来の目的がスタジオ見学とはいえ、現実に下手クソの烙印を押されるとムッとする。いい加減な判決を下した審査員にも怒り心頭だ。

「残念。また次回挑戦してくださいね〜。では次の方……」 と、決まり文句で僕を追い払う司会者。ねつ造スマイルの貴様も嫌いだ。大体おまえなぁ、収録中とインターバルの落差激しくないか?

 こんなくだらん番組にでる暇あったら、家で鼻毛でも抜いてたほうがマシだったなと、自宅でビデオの録画ボタンを操作しながら、また鼻毛を抜きつつ思うのである。



 

 

BANAR.GIF - 9,537BYTES

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送